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2025/09/19 10:52

【種一揆】 第十四話 「在来種とはなにか」

日本人の食卓に欠かせないお米。現在、スーパーや米屋の店頭に並ぶのは、コシヒカリを中心とした現代の品種がほとんどです。これらは昭和以降、農業試験場などで交配・選抜を重ねて育成されてきた「育成品種」と呼ばれるものです。

一方で、「在来種」と呼ばれるお米があることをご存じでしょうか。耳にすることはあっても、その正体を詳しく知る機会は少ないかもしれません。今回はこの「在来種米」とは何か、その特徴や価値を掘り下げてみたいと思います。

在来種とは?

「在来種(ざいらいしゅ)」という言葉は、動植物や農業の世界では広く使われています。野菜や果物にも在来種がありますが、米の場合の意味は少し独特です。

在来種とは「もともと日本列島に生息していた生物。それぞれの地域生態系の一員」(環境省)と定義されています。
野菜で言えば、「ミツバ」や「フキ」といった日本に元々自生していた山菜類などが該当します。

稲について考えてみると、日本の在来稲とは、日本において、自然採種から原始的農業に移行する過程で生まれた栽培種を指すものと考えられます。

アジアでの稲の起源は中国大陸を東西に流れる揚子江の中~下流域とされており、日本には今から3000年ほど前に、様々なルートを通じ、多様な特性を持った稲が渡来民により伝えられたとされていいます。

日本では、縄文晩期に耕作が始まったと言われているので、その頃から日本にあった品種ということになりそうですが、渡来以前の日本では稲が自生(野生)しておらず、 しかも稲作とセットで伝来したことから、厳密には在来稲という種はないことになるようです。

しかしながら、 伝来から3000年という時間経過のなかで地域に定着し、地域生態系の一員にもなっていたことから、 一般的には、近代的な育種により品種改良された稲(改良種)より前に栽培され、自家採種により世代交代をしていた稲は総称して「在来稲」と理解されています。

※原種とは「野生種」または「種子増殖のもとだね」を言います。いちたねでは、現代の品種を生み出す元になった種(後者)の意味で用いております。

固定種との違い

在来種と混同されやすいのが「固定種」です。固定種は、交配によって生み出された品種が世代を経て性質が安定したものです。自然交配により生み出された品種や人の手で始められた品種改良が定着した状態といえます。

一方の在来種は、そもそもの起源が自然の淘汰であり、農家が種を取り続ける中で残ったお米です。つまり、人の意図よりも自然の力が強く働いて成立した品種だとも言えそうです。

近代品種との繋がり

もしかしたら、昔ながらのお米よりも病害虫に強くて収穫量が多く、食味も向上した現代品種の方が価値があり、在来品種は淘汰されてきた過去の遺物と思う方も多いかもしれません。
ですが、在来種は単なる“昔のお米”ではありません。多くの現代品種は、在来種を祖先に持っています。

例えば、おいしいお米の代名詞とも言える「コシヒカリ」は、少し遡ると「旭」「愛国」「亀ノ尾」といった在来品種に行き着きます。最近人気の「ゆめぴりか」も、ほんの7〜8代遡れば「赤毛」「坊主」「銀坊主」といった在来品種に行き着きます。

農家が稲作の歴史の中で発見・選別し、それぞれの地域でより作りやすく、より多収で味の良い米を作りたいという願いが、現代の品種へとつながっているのです。

つまり、在来種は現代品種の源流であり、日本のお米文化そのものです。

在来種を残す意味

では、なぜ今あえて在来種に注目するのでしょうか。

まずは、食の多様性があります。現代では、計測器を用いてお米のおいしさを数値化することができます。様々な食味コンテストでも機械による検査が実施されています。このような機械を用いれば、品種育成においても多くの人がおいしいと感じるお米を生み出すことができます。一方で、似通った食味のお米が評価され、単調に感じてしまうという場合もあるでしょう。
在来種は、機械での数値は劣るかもしれませんが、幅広いお米の個性に触れることができます。

少し話がそれますが、実際に当店の昔ながらのお米を初めて食べた方で、「甘さや粘りが少なくて素朴な感じがするけど、これはこれでおいしい」といったお声もありました。好みの問題にはなりますが、昔ながらの品種も甘みや旨みは十分にあるのです。ただ、近代の甘みや粘りがとても強い品種を食べ慣れていると物足りない場合もあるでしょう。好みで選んで良いのです。

さて、次は遺伝資源としての価値です。気候変動や新たな病害虫の発生に対応するためには、多様な遺伝子の存在が不可欠です。在来種は未来の品種改良に役立つ「宝の山」といえるでしょう。

そして、最も重要なのが文化的な意義です。地域の風土に根ざして受け継がれてきた在来種は、その土地の歴史や暮らしの記憶と結びついています。それを味わうことは、単なる食事以上の体験になるはずです。
今でも全国各地に品種の育成者を称える石碑が残っており、農耕文化の中でお米の品種を生み出してきた人々が、地域のより豊かな暮らしを願い、食文化を支えてきたことがうかがえます。

おわりに

在来種のお米は、収量や効率の面では現代品種に劣るかもしれません。しかし、その多様性や個性、そして文化的価値は代えがたいものです。

私たちが在来種や昔ながらの品種を食べ、学び、次世代へつなぐこと。それはお米を通じて日本の食文化を守り、未来の可能性を育てることにつながっていきます。

「在来種米を味わうことは、日本の農業文化を味わうこと」。
その一粒を、ぜひ多くの方に体験していただきたいと願っています。