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2025/09/07 11:24
【種一揆】 第十一話 「田んぼと絶滅危惧種」
コラムを書いている今日は「絶滅危惧種の日」。
日本ではあまり知られていませんが、オーストラリアでは「絶滅危惧種の日(National Threatened Species Day)」とされています。これは1936年9月7日、タスマニアタイガー(フクロオオカミ)の最後の一頭「ベンジャミン」が死んだ日にちなみ、1996年に制定された記念日です。以来、絶滅の危機にある生きものたちに目を向け、その保護を考える日として定着しました。
絶滅危惧種とは、環境省やIUCN(国際自然保護連合)が定める「絶滅の危険性が高い野生生物」を指します。人類の歴史の中で、大規模な種の絶滅は過去5回(「大量絶滅」)起きており、恐竜の絶滅もその一例です。そして現在は、人間の活動によって「第6の大量絶滅期」に入っているのではないかと懸念されています。
その危機は遠いアマゾンの森やアフリカのサバンナの話ではなく、私たちの身近な「田んぼ」にも広がっています。
田んぼは生きもののゆりかご
日本の田んぼは、稲を育てるだけでなく、カエル、トンボ、ドジョウ、メダカ、ホタルなど、実に多くの生きものを育んできました。湿地が少ない日本にとって、水田は人工的に作られた「代替湿地」としての役割を果たしてきたのです。
しかし、農薬や化学肥料の使用、圃場整備による用水路のコンクリート化などが進んだ結果、そこに暮らす多様な生きものが急激に姿を消しつつあります。メダカやゲンゴロウ、タガメなど、かつては子どもたちが網で捕まえられた生きものの多くが、今では絶滅危惧種に指定されています。

田んぼの絶滅危惧種が問題視されるようになった時代背景
では、いつ頃から「田んぼと絶滅危惧種」が社会的に問題視されるようになったのでしょうか。
1950〜70年代(高度経済成長期)
米の増産が最優先で、農薬や化学肥料、大規模圃場整備が進められました。生物多様性の喪失はこの頃から始まっていましたが、当時はまだ「問題」として意識されていませんでした。
1980〜90年代:研究者の警鐘
全国でアキアカネ(赤とんぼ)の激減が報告され、農薬や乾田化の影響が注目され始めました。この時期から「田んぼは生きもののゆりかご」という考え方が学術的に発信されるようになりました。
1993年:生物多様性条約の批准
日本が条約を批准したことで、農業と自然保護をどう両立させるかが政策的テーマとなり、田んぼの生態系も研究・教育の場で扱われ始めました。
2000年代以降:社会的関心の広がり
農林水産省が「多面的機能」として農業の環境保全的役割を位置づけ、市民や学校による「田んぼの生きもの調査」や「ビオトープ田んぼ」が全国に広がりました。田んぼは米づくりの場であると同時に、絶滅危惧種のすみかでもあるという認識が社会に根づきました。
こうした流れを経て、いま私たちは「田んぼを守ることが生きものを守ることにつながる」と理解するようになったのです。
具体的な事例
田んぼの絶滅危惧種については、さまざまな調査が実施され、下記のような調査結果も公表されています。
・日本の淡水魚のうち、約43%が絶滅の危機にあると指摘されています。多くは田んぼやその周辺に生息する種です(WWFジャパン)。
・「田んぼの生きもの調査(平成14~19年度)」によれば、水田や水路で、絶滅危惧IA類のハリヨ、絶滅危惧IB類のアカヒレタビラ、絶滅危惧II類のメダカなど、25種以上の希少魚類が確認されました(農林水産省)。
・カエルでは、絶滅危惧IB類のナゴヤダルマガエルや準絶滅危惧のトウキョウダルマガエルも田んぼで確認された例があり、カエル全43種のうち約44%が田んぼ周辺に生息することがわかっています(農林水産省)。
・また、環境省と農林水産省の連携調査(平成13~20年度)では、魚類29種、カエル2種の希少種が確認されました(農林水産省)。
田んぼを守ることは生きものを守ること
環境省のレッドリスト(2020年改訂版)によれば、日本国内で絶滅の危機にある生物は3,700種を超えます。その中には、田んぼや用水路を主なすみかとする水生昆虫や両生類、淡水魚が数多く含まれています。
田んぼを維持し、持続可能な農業を支えることは、米を食べ続けるためだけでなく、こうした生きものたちを未来へつなぐことにも直結しています。消費者である私たちが「田んぼの役割」に思いを馳せ、持続可能な農業を支援することは、絶滅危惧種を守るための一歩なのです。

おわりに
絶滅危惧種の日に思うのは、絶滅の危機にあるのは生きものだけではなく、「田んぼと共生する文化」そのものだということです。
私たちが食卓でお米を選ぶときの意識、地域で自然に触れる機会――その一つひとつが、命を未来につなぐ行動です。
田んぼのカエルの声やトンボの羽音は、人と自然が共に紡いできた物語です。その物語を次の世代へ渡していく責任が、いま私たちにあると思っています。
いちたねでは、人の手で紡がれてきた品種であることを前提に、原種や在来種に近い昔ながらのお米だけを取り扱い、種の刻んできた背景とともに滋味深い味わいを噛み締めていただきたいと考えています。
もちろん、農薬・化学肥料は一切使用せず、生産者の直向きな努力によって育まれた特別なお米ばかり。 多様な時代だからこその一つの選択肢です。
参考文献
・環境省「レッドリスト・データブック」: https://ikilog.biodic.go.jp/Rdb/booklist
・WWFジャパン「水田・水路の生物多様性と農業の共生プロジェクト」: https://www.wwf.or.jp/activities/activity/209.html
・農林水産省と環境省の連携による「田んぼの生きもの調査2007」の結果について:https://www.maff.go.jp/j/nousin/keityo/tanbo/attach/pdf/index-26.pdf
・農林水産省と環境省の連携による「田んぼの生きもの調査2008」の結果について:https://www.maff.go.jp/j/nousin/keityo/tanbo/attach/pdf/index-16.pdf
・Bird use of Rice Fields in Korea and Japan: https://www.ramnet-j.org/tambo10/tambo/document/pdf-e/c-2-2e-x.pdf
・絶滅とは?その歴史と現在: https://www.wwf.or.jp/activities/opinion/69.html